業界の常識を疑い、背ではなく腹を割れ

木材業界の常識・背割りのウソ

「木材業界では構造材の製材は背割りが常識だとされていますが、建築業界では逆方向の腹割りが必要とされる場合があるんです」
 
彼は奈良・天川村や吉野町を拠点に多角的な林業に取り組む経営者です。200haの自社有林で林業、宮大工かつ一級建築士というキャリアを活かした建築業、自分が育てた木で建物をつくることができる強みを活かした飲食宿泊業にも取り組んでいます。
最近では杉の化粧柱で全国一のシェアを誇る製材会社をM&Aしました。自分で山を育て、その山で育った木を使い建築をつくり、運営してお客さんに喜んでいただくところまでを一気通貫で取り組めるようになりました。
 

背割りではなく腹割りが必要とされる片持ち梁

「腹割りの柱を挽いたら木材業界では“背と腹の判別もできんのか”と笑われてしまうんですよ。一方で、木の特性と建築の構造を考えると、片持ち梁においては背割りではなく腹割りの方が用途として適しているんです」
 
聞き慣れない言葉なので補足します。通常の梁は両端で支えられていますが、片持ち梁は書いて字のごとく、一端が固定され、もう一端が自由な状態にあります。伝統工法による木造建築の軒先や玄関の庇などに使われることが多い部位です。木材の反りや曲がりが影響しやすい部位なんですね。
 
「木材業者にとっての常識は背割りなので、腹割りの構造材は流通していないんですよ。しょうがなく背割り材を片持ち梁に使ったとしても、時間が経てば木の素性が現れるので建築の構造や美しさにネガティブな影響を与えてしまいます。
 
木の背側の曲がりを軽減するために背割りをするのですが、そもそも木は曲がるという前提で片持ち梁の構造的美しさを活かすという発想が素晴らしいですね。まさに宮大工の世界観。
 
腹割りの必要性を理解した木材業者がいないので流通してないんですね。もしあったとしたら、木を見る目を持っていない業者が挽いた構造材ということです。一方で片持ち梁の構造的意味を理解した設計者や大工ならば必ず腹割りを求めるんです」
 
わたしは学生時代から林業を学び、木材商社/木材加工会社と合わせて10年在籍していました。いわゆる「背と腹」話は何度も耳にしてきました。ですが、腹割りが必要な部位もあるという話は彼から聞いたのが初めてです。非常に驚きました。
 

分業化で見落とされるモノづくりの本質

資本主義は生産性を追求し続け、分業化を促進します。結果、サプライチェーンは複雑になっていきます。
林業・木材業界も同じです。現在の木材流通は分業化し中間流通業者が数多く介在しています。
木を伐った木こりはその木が何に使われたのか知ることができません。逆もまた然り。施主さんが建てたこだわりの住宅に使われた構造材がどの山から伐られたものか知ることができません。
 
木材業は2本と同じものは存在しない木を一定の品質に加工・仕分けする半工業製品です。言い換えればクレーム産業です。クレームを避けるために価格以上の品質が求められ、過剰品質になりがち。
 
生産性を追求する中で生まれた木材業界の常識の一つが背割りですが、実はいちユーザーでもある宮大工からすればその常識はズレていたというのが面白いですね。
今回の彼の話は、建築家や施主に聞かせてみれば「あなたの会社から木材を買いたい!」と思われる最強のセールストークです。